回数を重ねるうち「荒川健のカーデザインここだけの話」はむずかしいぞ、とか、カタカナ文字が多すぎる等のご指摘をいただき、少しは読まれているなという感触が伝わって来始めた。ありがたいことです。歯にもの着せないのがいい、などとねらい通りのご評価も聞こえたりして、うれしくなり、もうしばらくは連載することを編集責任者と約束してしまった。本業あってのことなので、少々の〆切遅れは許してくれるとの寛大さも気に入ったので、今回もアドレナリン満タンでとりくむぞ。
クルマは、公共の景観に最大の影響力を持つ個人用の製品であり、文化的に成熟していけば、最新の建築デザインとの対比は当たり前の事として、自然風景、伝統の古い街並みでさえも、美しく調和するデザインが求められる。このことは、私はユーノス500のデザイン開発を進める時も、一番の基本としていたし、デザイナーなら魂に染み込んでいるはずのモラルであると信じている。ここの所をもっと厳しく言いたい。求められるから作るではダメで、クルマメーカーのデザイナーは少なくとも1960年頃、つまり大量の需要に対して大量生産での供給を始めた時点から、意識を持っていてしかるべきである。
ところが21世紀になって3年も経つのに、日本を含めたアジアのクルマメーカーの製品のほとんどが、周りの景観の足を引っ張るデザインレベルでしかなく、汐留も丸の内も京都も景観破壊グルマで埋め尽くされている。「批判するのは簡単だ」などと言い訳みたいな責任逃れが聞こえてきそうだが、本当に真剣に取り組めば、景観をリード出来なくとも、少なくとも足を引っ張らない程度には車もデザインできる。欧州車の多くがこのレベルは達成しているからだ。
では大半の日本車の、何が達成できてないために、景観にそぐわないどころか、せっかくの金沢の、しっとりした通りの美観をぶち壊しているのだろうか。自然の景観、とくに樹木や山並み等は、風や日差しなどさまざまな条件によって影響を受けた力学的なバランスによって構成されている。建築もしかり、力学的条件を満たしてなければ倒壊する。そうしたバランスで成り立っている景観に、構成要素となってしまうクルマが仲間入りするなら、立体としての重心の位置、シルエットとラインのテンション(曲線の視覚的な頂点)の関係、そして走る性能を予感させるタイヤの位置関係とデザイン上の強調のしかた、等の力学的バランスがきちんと実現されていることが景観の中で見劣りしない最低条件である。これを欧州車の多くは、一定の水準でクリアしているのである。
ところが日本車の多くは、この、公共のフィールドを走る立体(細かく言うと、乗っている人も景色の一部になってしまうのであるが・・・)の最低条件を達成出来ていないか、故意にはずして目立とうとしているかの何れかだからである。べつにベンツかぶれでもビーエムおたくでもない。地球の力学にのっとって生かしていただいている人間であれば、そうした目が自然に備わっているはずである。だから男性女性を問わず、いつか○○○に乗りたい、という人が益々増えている。
バブルの頃BMWの3シリーズが、六本木のカローラと言われた事をトヨタさんも肝に銘じておかないと、何年後、何十年後になるかもしれないが、日本の消費が加熱したとき、今度はどのクルマがポストカローラになるか判らないが、いつまでもさきほどのレベルが達成できないと、あいかわらず欧州車と対等にはなれない。
最近のトヨタさんのコマーシャルで、欧州車そっくりに出来てます!ってフォルクスワーゲン風の社員に言わせているのを良く見かける。お金に余裕があればフェイクではなく本物を選びましょう、と言っているとしか思えない。日本のデザイナーとしてワーゲングループのデザイナーに合わせる顔が無いじゃないかと、始めは怒った私であるが、そのうち、さすがトヨタはビジネス上手、我々の懐具合をちゃんと調べた上で、400万円出せないひとはフェイクという選択肢があるので、いかがですか、というフェイク商品勧誘のおさそいなのだということに気がついた。むむむ、やられっぱなしで頭が上がらない。
お菓子の世界でも、虎屋は虎屋。ほかにも上質さと美味しさで負けてない羊羹屋さんはあるが、やっぱり虎屋の羊羹に価値を感じる人は、安定して多く存在する。
こうしたブランドを我々お客側が認める重要な要素に、その独自性、特徴、個性がある。伝統は商品の評価ではなく、手に入れる行為にまつわる付加価値でしかないことは言うまでも無い。
いま業種を問わず、どの企業に行ってもブランドを構築したいと言う声ばかりである。私が12年前、ブランドの条件をデザインに盛り込んだのがユーノス500である。その後、独立してデザインフォースというデザインスタジオを立ち上げてからは、商品のデザインコンセプトとともに経営戦略として、ブランド構築のバックアップ、というよりむしろ、デザインの力と特徴有る商品でのブランド構築の二人三脚で取り組まないと、ヒット商品は生み出せないことを提案し続けてきた。トヨタさんのコマーシャルで、「特徴だブランドだと騒いでも、売れなきゃそんなの意味無いでしよ。」と言わんばかりにテレビから洗脳されては、ひょっとしてそれが現実か?と迷いも出ようというものだ。
そんなこんなで、ごたごたのうちに東京モーターショーが始まった。さっそくトヨタの良く存じ上げているデザイントップに一言申さんと、ブースの一番奥にあるレクサス・ブランドを訪ねると、お顔に見覚えの有る方は誰もおいでにならなかったが、はからずも更に上席の、商品開発本部レクサスセンター、レクサスブランド企画室長がじきじきに応対してくださった。極めて礼儀正しく洗練された方で、聞けばデザイナー出身とのこと。ブースとは思えない防音の行きとどいた、素晴らしい仕上がりのインテリアの「もてなしの部屋」に案内され、長時間にわたり熱く語り合ってしまった。言い合いになったのかって?
そうではないのです。意気投合してしまったのです。なぜ意気投合したかについては、くわしく次回で書くので、楽しみに待っていただきたい。(荒川 健)2003.11.11
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